ひとひらの夢

 突然有給休暇をとった。

 昨日までの慌ただしい時間とは別の時間がここには流れているようだ。

 もう博物館に飾ってもよさそうな旧型の気動車が少々間延びした警笛を鳴らしたあとゆるゆると動き出した。

 

 


 今時めずらしく冷房がついていない車両の開け放った窓から心地好い風が中に入ってきている。
 

 さっきまで地方の街中を走っていた気動車は段々と山奥に向かって走っている。

 エンジンの音が騒がしくなってくる。


 鉄橋を渡った後、小さな駅にとまった。

 騒々しい学生の一団が乗り込んできた。部活動の帰りだろうか。好きな子のこととか、試験のこととか。時代は変わっても変わらない部分があるのだなと思った。

 ふと僕は窓の外を見た。初めて来たところなのに何故か懐かしい感じがする。

 反対側のプラットホームにたった一両の朱色の気動車がやってきた。

 

 


 数人の乗客を乗り降りさせた後動きだした。自分の乗った気動車もようやく動いた。

 エンジンの音が高鳴る。


 さほど感じない勾配であってもこの車両にとっては相当きついようだ。

 トンネルにはいるとひんやりとした冷気を感じた。

「おや」

 トンネルを抜けたあと窓から、ひらひらと一枚の紙が舞い込んできた。

 どこから来たのだろう。僕はあたりを見回した。
今乗っている人はこの車両に数人しかいない。
僕はその紙をそっとひらいた。

「あなたの夢は?か」

 単語帳ぐらいの紙にはその言葉しか書いていなかった。
僕はその紙をポケットにしまいこんだ。

 

 


山間の無人駅に停まった。何人か乗客が入れ代わった。

「この席よろしいですか」
「どうぞ」
「これからどちらへ」


 少々白髪交じりの男性はそう声をかけると僕の前の席に座った。


 僕はなるべく相手にしないようにしようとしたが、彼は話しつづけた。
 しかたなく彼の話し相手を付き合うことにした。


「まだ決めていないのですよ」
「それはいい。やたらに予定を立てないのが理想だな。」
「そちら何を」
「そうだな・・・何をといわれても。強いていればコレだろうね。」

 そう言うと彼はズボンのポケットから何やら紙を取り出した。


「この紙の答えです」

 僕は驚いた。さっき窓から迷いこんできた紙と同じ文章が書かれてあった。


「僕のと同じだ」
「奇遇ですね。あなたもなんですか。」
「実はさっき窓から迷い込んできて」

 気動車は轟音をとどろかせながら鉄橋を渡り再びトンネルにはいった。会話がしばらくとぎれた。


「私もそう、あなたと同じころでした。なんの予定も立てずにふらっと旅に出たんです」

 その紙を彼は見つめながら彼は話を続けた。


「初夏でね。そう窓を思い切りあけて外を眺めていたら、紙がひらひらと迷い込んできてね。こりゃどうしたものかと」
「それで今までずっともっていたんですか」


 彼はまたその紙を懐に大事そうにしまった。

 

「はじめはこの紙の言葉が気になりだして答えを見つけようとしましたがね」
「それで見つかったのですかその答えは」

 

 彼は暫くの沈黙の後、ポツリと話した。

「・・・いや。結局まだ見つからない」


「しかし夢と聞かれれば、まず夢をもっているかどうかが先になるのでは」

「それもそうかもしれないけど、それだけではないでない。夢は誰でも持っているし、誰でも夢を見ているじゃないかな」

 

 僕は話を続けた。
「けど、クサい話だけど夢は見るのではなく実現させるものだと思いますが」
「しかしその夢が実現したらどうする」
「どうするって・・・新しい夢をみつけますよ絶対に」


 彼は微笑みながら答えた。
「それで夢が実現できなかったら、所詮夢だったとあきらめるのか」
「・・・・」


 ディーゼルエンジンとレールのジョイント音のみが聞こえた。

 僕は苦し紛れに呟いた。

「夢は・・・あきらめないものですよ」

 気動車は徐々にスピードをおとした。

「答えは無理やり出すべきものでないんじゃないかな」

「どうして」
「私は思うんだ。生きていることが夢なんだとね。うまく君に説明できないけど。」
 

 彼は降りる支度を始めた。
「そのなかに答えがある?」
「そうかもしれない。」

 彼はそう言うと無人駅におりたった。
「それにやたらに答えを出さないのも理想だと思うんだ。旅も夢も」
窓越しに彼は言った。

 ファンと警笛をならして再び気動車は動きだした。


 緩やかな勾配を気動車は駆け上ると窓いっぱいに青い海が広がった。窓からの潮風が心地よかった。

「あなたの夢は・・・か」
 僕はその紙をそっとポケットにしまいこんだ。

 

 

おしまい

(この物語はフィクションです)

 

 


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